プロフィール

ごあいさつ

おおば裕子 3期12年間、市議会で働かせていただく中で、「年金が下がって暮らせない」「保育園に入れない、何とかしてほしい」「駅の混雑解消を」と、様々な声が寄せられてきました。地域をまわると、格差や貧困、偏見や差別などで生きづらさを感じている方が多いことにも、心を痛めてきました。子育ても老後も若者も安心して暮らせる市政に変えなければと走り続けてきました。

このまちに住んで良かったと思えるまちづくりを、地域のみなさまとご一緒につくってまいりたいと思います。引き続きのご支援をよろしくお願いいたします。

略歴

1961年東京都保谷市(現西東京市)生まれ。京浜女子(現鎌倉女子)大学短期大学部初等教育科卒業。中原区の東住吉幼稚園教諭に。2007年川崎市議会議員に初当選。市議会健康福祉委員会副委員長、決算課審査特別委員会副委員長、市民委員会副委員長を務め、現在3期目、総務委員。趣味は山登り、コーラスなど。下小田中在住。

プロフイール

私のあゆみ

私と中原区とのご縁は、この地域に住む子どもたちです。学習塾「あらぐさ教室」のスタッフとしてかかわり、九九ができずに授業についていけない小学5年生のチーボーとの学習タイム。「わかる」ことが大きな自信となり、生活が落ち着き、ぐんぐん成長するチーボーとの出会いは、私が子どもと関わる仕事に踏み出す貴重な体験でした。子どもたちの成長・発達を何よりも大事にする子育て・教育を学びました。

このまちの幼稚園教諭に

このまちの幼稚園教諭に 中原区にある東住吉幼稚園の教諭として就職。職場の仲間たちと「子ども中心」の幼児教育を実践し、毎日、子どもたちが成長する姿を見るのが楽しみでした。

幼稚園の父母と子育ての悩みを話し合う地域懇談会や、私学助成金増額を求める署名にも取り組みました、働きやすい職場にと組合にも参加し、多くの仲間たちと出会いました。

日本共産党との出会いから

日本共産党との出会いから

幼稚園教諭をしていた経験から「一人ひとりが大切にされる子育て・教育」「反戦平和」、また女性として男女平等の政策を掲げている日本共産党の一員に加わることは、私にとって自然なことでした。

日本共産党では青年学生の運動にかかわり、高校生や若者の相談相手になってきました。ブラック企業、ブラックバイトなどで苦しみ、多額の奨学金の返済が重くのしかかる若者の姿。正規雇用になりたくてもなれず、賃金は低く抑えられ、家庭を築くこともままならない……。そんな若者に寄り添い、一緒に解決のために取り組んできました。県内の教職員や労働組合と協力して「高校生就職を考える会」の運動にも参加しました。議員になってからも若者の就職支援、雇用対策を、議会で積極的に取り上げています。

これからも、雇用対策をはじめ、お年寄りや障がいをお持ちの方からの相談など、切実な要求実現のために引き続きがんばります。

平和が原点

〜スポーツも自然も…こよなく愛する〜

27才の時、神奈川県代表団の一員として第3回国連軍縮特別総会に参加し、ニューヨークの街頭で原爆パネル展を開き、「プリーズサイン」と声をかけ、核兵器廃絶署名を集める活動を実践。あれから30年がたち、国連で核兵器禁止条約の決議が採択されるなど、被爆者の方々と共に地道な活動を積み重ね、世界の世論を動かしています。

テニス、マラソン、登山などスポーツ大好きでホノルルマラソンも完走。毎年夏には3000m級の山に登ります。中原区内の「おやこ劇場」で活動、神奈川合唱団や和太鼓グループにも参加。文化スポーツに多彩に取り組んでいます。