ゆうゆうレポート

『震災ボランティア』で、宮城県気仙沼市に支援物資を届けてきました。( 5月3日〜5日)

2011年5月10日

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 東日本大震災で甚大な被害受けた被災者のみなさんの復旧復興に向けて少しでも役に立つことができればという思いとともに、被災地の状況を地元川崎にも知らせ、今後の活動にも活かすことができればと、震災ボランティアに参加をしてきました。

 ボランティアは、佐野仁昭市会議員を団長とする17名が参加。今度の選挙で初めてアナウンサーをしてくれた人など半数が青年で頼もしい限りでした。日本共産党川崎南部地区委員会が中心となって、なんと1週間足らずで支援金70万円と食料品や日常品などがトラック1台・マイクロバスの空いたスペースにも支援物資がいっぱいになるほど寄せられて、南部地区の取り組みに学ばされました。

 行動拠点とした場所は、気仙沼民主商工会の敷地内をお借りして設置されていた日本共産党気仙沼震災対策本部です。共産党の市委員会の事務所は震災で流されてしまったため、そこの敷地内に4畳半ほどのプレハブが設置されていました。その場所から、2班に別れて支援物資の仕分けをし、4ヶ所ほど気仙沼市議員の秋山さんの案内で支援物資を届けるという仕事をしてきました。

私が届けたところは、被災地から少し離れた地域で、被災をされた家族が住んでいる雇用促進住宅があるところです。宣伝カーから、「日本共産党です。支援物資をお届けにきました。ぜひおいでください」と、その周辺を10分足らずほどアナウンスをして戻ってくるともう人だかりになっていました。こんなに反応がすぐ返ってくることに驚くとともに待たれているという、うれしさがこみあげてきました。

ある高齢の女性は、「被災してここに来てからこうして支援物資が届いたのは初めてです。ありがとうございました」と言って、とても喜んでくれました。

 秋山市議や民商の千葉事務局長さんから、被災状況なども聞かせてもらいましたが、献身的な活動ぶりには頭が下がります。市会議員は、30名いますが共産党の議員は一人だけです。他の議員の中には、被災している方もいらっしゃるようですが、何をしているのか見えないとのことです。避難所は50箇所ほどあり、多いところで約700名の避難所があるとのことですが、秋山さんはとても回りきれず、どんな状態になっているかつかみきれないと言われていました。市役所に相談窓口はあるようですが、指示が明確でないために有効に機能されず、住民のみなさんは相当苦労されているのではないかと思いました。

物資が配りおわると「せっかく来られたのだからと」と千葉事務局長さが車で被災地を案内してくれました。瓦礫が広がる被災地の姿は、船の墓場になっていたり、電車の車両が住宅地まで押し寄せて横たわっていたりと、本当に悲惨な状況でした。気仙沼の繁華街という場所も見るも無残です。商店や中小業者のみなさんが、生活再建のために融資を受けたいと思っても、信用金庫もほとんど壊滅状態で受けられないということでした。

 とにもかくにも、私たちが行ってきたこと見てきたことほんの微々たるものです。やる仕事はたくさんあると実感しました。地域で震災ボランテイアを送り出せるように特に若い人たちを組織していけるよう、相談をしていきたいと思います。